Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

立体駐車場。二階へのスロープを進んでいく、うずめ達の乗るカソ研のバン。
ハンドルを握るナナは不意に飛び出して来るかもしれない他の車に注意しながら最速の徐行運転。
バックミラーに目をやる度にこちらに向かって腰をかがめ、短い手が床につくほど頭を下げて、ゆっくりとティラノサウロスは近づいてくる。
車の後ろのウインドウからずっと迫り来るグオを見ていたこの恐竜の開発者らしい男子学生のコンタさんが、うずめ達の方を振り返ってなぜか得意そうに言った「グオの人工知能は臨機応変にどんな状況にも対応できるようにプログラムしてある。天井が低いなら低いで、腰をかがめ、長い尻尾でバランスをとりながら、進めるようになってる」
確かに!
ドスン! ドス! と、ティラノサウロスはこのバンをめがけてじゃれついてきたさっきの絶好調な走りではなく、ゆっくりと歩みの速度を緩め、頭を地面すれすれまで下げてバンの後を追いかけてくる。
大きな頭を地に這わせるかのごとく下げているぶん、長い尾を高く上げてワニやヘビの動きのようにバランスをとりながら体を蛇行させ、どんどんスロープを上がって来る。
駐車場の二階へ。
「このままだと追いつかれる!」ナナがアクセルを踏み込み車は加速したその直後、目の前に家族連れが乗る軽自動車が駐車スペースから、のっそーっと出て来た。
「危ね!」ブレーキを踏み込み、バンは急停車! ききっ!
「わああぁ!」車の後席に乗る、うずめ達が押しつぶされて悲鳴を上げる。
家族連れの軽自動車、運転席のお父さんが「すいません」とばかりに手を挙げてこちらに挨拶して笑顔まで向けてくれている。ハンドルを握るナナが「いいから早く、早く行ってってば!」と笑顔のままで不満たらたら。
車のエンジンはアイドリング、静かになったぶんティラノサウロスが背後からこちらに迫りくる音がやけに大きく聞こえてくる…
ドス!…ドス!…ドス!…
「追いつかれる」というヨモギの声と同時にバン! と、後ろから頭突きをくらった衝撃!
「わぁっ!」
後ろの荷台に居たコンタさんがノートパソコンを抱えて「ちょっとごめんねぇ」と、うずめ、ささら、小明、マドレーヌ、カティア、ヨモギ、黒髪ツインテ、銀髪ツインテがひしめく、ただでさえ狭い後席へと避難してくる。
カティアが押しつぶされながら言う「ぎゅうぎゅうのぎゅうぎゅうだぁ」
そして、衝撃が再び!
ガン!
「うわぁ」全員同時に悲鳴を上げる。
ガン! ガン!
「わ、うわっ!」グオの頭突きをくらってはいるが、車はブレーキを踏み込んでいるために、後輪が浮き上がっては地面に落ち、浮き上がっては地面に落ち、ということが繰り返される。
ガン! ガン! ガン!
「わっ!わあっ! うわあっ!」
ユキが言った「なんか、どんどん頭突きがうまくなってきているよ! 車のボディに響く衝撃が、パないよ!」
うずめ達女の子の間に避難しているコンタが言った「学習しているからね、驚くほどのスピードで」
「頭突き学習してどうするのよ」ナナが責める。
コンタの言い分はこうだ「学習することに理由はないよ、一つのことを極めるまで上達させる、それが第十二世代の人工知能の特性なんだから」
ユキは「なんでまた、そんな人工知能をハイスペックにしたんだ」今さらそんなこと言っててもしょうがねえなとぼやき、うずめ達に「気をつけて!後ろからガンガン頭突き食らわしてくるから、みんなムチ打ちになんないようにね、自分の体は自分で守ってね! 舌を噛むといけないから、返事はいりませーん」と言うのが精一杯だった。
行く手を遮る家族連れの車は目の前に飛び出してきたまま、いっこうに前に進む気配がない。それもそのはず、おばあちゃんらしき人が、杖をつきながら孫であろう小学生の女の子に手を引かれて車に乗り込もうとしているではないか。
「ユキ、これ以上、進めない!」ナナがそう言ってギアを下げた。ユキが聞き返す「進めない? っていうとどうなるの?」
ナナが言う「前に進めないなら、後に下がる、グオの横、すり抜けて向こうに出る!」
「できるの、そんなこと!」ユキが聞き返すとナナは「自信はないけど、でも、それしかない! ここから先はちょっと荒っぽくなるからね!」ぐっとアクセルを踏み込んだ。
カソ研のバンはタイヤから白煙を出しながら、勢いよくバックした!
ギヤアアアァァ!
前に突進してくるグオの横、そして、停めてある他の車の鼻先をかすりながら、かろうじて抜けた…
「よし! 抜けた、これでこのまま!」
そこまで言った時に、バンは後ろ向きに駐車場のフェンスにぶつかった。
ガッシャン!
バキバキバキバキ…
「わあああぁ」
ナナがギアを入れ直して前へと進もうとするが突き破った駐車場のフェンスが絡まって、前に出ることができない。
駐車場の二階のフェンス際で宙ぶらりんの車。
ユキが運転席から振り返り後席に向かって「降りて、早く!」と言うよりも早く、スライド式のドアを開けて、うずめ達は外へと飛び出した。
うずめ、ささら、カティア、小明、ヨモギ、黒髪のツインテ、銀髪のツインテ。そして、それに大学生のコンタが続こうとするが、その彼の目に飛び込んできたのは、フロントガラスいっぱいに迫ってくる、自分達が長い時間掛けて生み出した、人造ティラノサウロスの凶暴な顔だった
「グオ、来ちゃダメ!」ナナの叫び声もティラノサウロスには届かない。
ガン!
バンの正面、ダメ押しのように恐竜の頭突きが綺麗に決まる。
カソ研の車は柵をブチ破り駐車場の二階から空中へと車の半分以上が飛び出した。
「わああぁぁぁああああ」車の中で慌てふためいているユキとナナ、その向こうで降り損なってあわあわしているコンタの顔が見える。
うずめが言う「落ちちゃう…車ごと!」。
ささらが言う「マスター、ここはカードを使うとこだよ!」
「カ、カード…?」言われて手持ちのカードを取り出して繰りながら、うずめ「でも、こういう時はなんのカードがいいの?」。
マドレーヌがカードを選ぶ手を貸してくれながら「例のほら、お豆腐と一円玉のカードを」。
一円玉は両替を頼んでもこれ以上崩すことはできない、だからお豆腐のカードと一緒に使うと、崩れないクッションができる。そこまでは、うずめもわかっている。二枚のカードを選び出して「これで…いいの」なんか足りないと、うずめは思った。
だけど、なにが足りないんだろう?
その答えは小明がさらに抜き出した一枚のカードにあった。
それは『風呂敷』と書かれたカード。
うずめが「で? で? それは、なに?」と聞くが、ささらが「いいから、この三つを使って!」と、うずめのデバイスを持つ手を掴んで目の前へ。
『一円玉』『お豆腐』『風呂敷』がデバイスへ。「マスター! それをあのバンの落ちるところへ」ささらが指差す。
光に包まれた真っ白いお豆腐状のお豆腐が今、まさに落下せんとしているバンの向こうへとくるくると飛んでいった。
うずめは「それで…どうなるの?」と、自分が使ったカードの結果が知りたくて、バンが落ちかけているその柵から下を見る。
お豆腐は真下で白くて大きなふかふかのマットと化し、うずめが見ている間にもそれはまるで風呂敷を広げていくように、どんどん面積を増していってる。
「お、おおお!」うずめが思わず感嘆の声を漏らす。
もうあと一押しすれば落ちてしまいそうなほどにゆらゆらしているバンに、グオがその頭をコツン! とぶつけた!
ガガガ! 
「わあああ…」運転席の二人の女子大生と、後席に乗るノートパソコンをそれでも後生大事に抱えている男子大学生の悲鳴が聞こえたかと思うと、車はずりっ! と、ずれて地上へと落下していった。
うずめが広げた崩れることのない風呂敷のような豆腐の上へと、落ちて行ったのだった。
ガッシャーン! という衝撃音を覚悟していた、うずめ達の耳に、ボヨヨーン!という間の抜けた音が聞こえた。
見下ろすと、びよん、びよん! と、さらにまた間の抜けた音を立てながら、カソ研のバンはグオの頭突きによって、ドアや後はベコベコになってはいるものの落下の衝撃は、ほとんどないようだった。
ふい目の前から、あれほどグオとしてはすりすりしていた車の姿がなくなり、心配そうにティラノサウロスは遙か下の大地を覗き込む。
白いお豆腐のクッションの上で、ぼよんぼよんと跳ねているグオの目当ての恐竜のイラスト。
グルルルルルル…
思案しているグオの唸り声。
うずめ達のすぐ側にヨモギと彼女の二人のドール、黒髪と銀髪のツインテがやって来て言った。
「グオは追っかけるよ、まだまだ」
そう言われ、うずめはグオを見る。
「うずめちゃん、私に考えがあるの!」ヨモギはそう言いながら、自分が持っているカードを素早く繰り、目当てのカードを探しだそうとしている。
「あの屋上に飛ぶから!」ヨモギが見上げた隣に建っているのは五階建ての安売りショッピングセンター、サンチョパンサ! 
うずめ達が今居るのは、この大型店舗の専用駐車場の二階。
「飛んで、どうするの?」うずめが聞いた。
「あれ!」とヨモギちゃんが指差したのは、サンチョパンサの屋上から上がっている巨大なアドバルーンだ。
それはまるでバースデーケーキが宙に浮かんでいるように見える。
バースディケーキに似たそれは…巨大なシュウマイ!
しかもエビシュウマイだ。
アドバルーンに下がっている垂れ幕に『わが街はシュウマイで笑顔あふれる!!』と書かれている。
「なに? あれは?」空に浮かぶシュウマイの存在が理解できずに、しばし、うずめの頭の中は空白になる。
ヨモギの「うずめちゃんが持ってる線香花火のカードを貸して!」鋭い声で現実に引き戻された。
「あ、あ、はい! 線香花火ね」うずめが自分が持つエフェクトカードを繰り、リクエストされた『線香花火』と書かれたカードをヨモギに差し出す。
ヨモギは右手で銀髪のドール、左手で黒髪のドールと手を繋ぐ。うずめから借りた『線香花火』のカードが発動し始め、三人の足下に光が渦巻き、閃光が四方へと散り始める。
ぱち! ぱち! ぱちぱち!
そう、それはまるで線香花火のように…
「行くよ、マスター」銀髪のドールがヨモギに言う。
「マスターは力を抜いてて、大丈夫、私達が引っ張り挙げるから」黒髪のドールがそう言って、ちょっと緊張しているヨモギに微笑んだ。
「うん」とヨモギは膝を曲げて体を沈めた。
銀髪のドールの「今!」という掛け声と共に、黒髪はヨモギの手を引き、上へ。
飛んだ。
線香花火が弾けるように。
隣のショッピングセンターの屋上へ。
軽々と跳躍し、高い柵をも跳び越えて、なんなく屋上遊園地の中へ。
「す、すごい!」と、うずめ。
だけど、あのシュウマイで…ヨモギちゃんはなにするつもり…なの?

つづく。