Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

「ひ、ひいぃ、ひ、ひいぃ、ひいぃぃ、ひ、ひ、ひいいぃぃ!」
鵜野うずめ、中二女子、床のもふもふのカーペットをさっきからかきむしりながらも、体は文字通りどん引き状態で、ホラー映画を鑑賞中。
「うずめちゃん、ひい、ひい、うるさい!」
側にはこれを笑いながら見ている、うずめの妹みこ。
みこの提案で部屋は明かりを消してわざと暗くしている。
モニターからの青白い光を受けた、うずめの顔、涙目。
「うひ、うひ、ひいぃぃ、そっちに居る! そこに居るのに!」
涙目のうずめ。
「うずめちゃん! うずめちゃんの声は届かないんだよ!」
情け容赦ない、妹の突っ込み。
「だって…だって…」
もごもご言いながらも、モニターから目を離すことができない。
だいたい、ホラー映画のなにがおもしろいの? うずめにはわかんなかった。全然わっかんなかった。
怖いのがおもしろいってのが、わかんない。
怖いのは、怖いでしょ! と、うずめは思う。
「ひ、ひぃ、いぃぃ…」
情けないと本人も思ってはいるのだが、どうしても声が漏れてしまう。
「ひ、ひ、ひ…いぃぃ」
「怖くない、怖くない」
妹はポテトチップの最近出た関西風たこ焼きマヨネーズ激辛味をバリバリ齧りながら
「そんなに怖いのなら見なきゃいいじゃない」
と突き放すように言う。
「今、これがクラスで流行ってるからこれを見ないと仲間に入れてもらえないんだもん」
事実だった。でなければ誰が好きこのんでこんなものを。
夢に見るなあ、きっと。
その夜、うずめはおかげさまで眠るのも怖かった。
明け方まで、電気つけっぱなしの部屋で悶々としたうずめがようやく、うとうとっとしかけたと思ったら、その眠りは妹に激しく体を揺すられてむりくり起こされた。
「うずめちゃん、うずめちゃん起きなよ! 学校、学校! 遅刻! 遅刻」
階下からお母さんの鋭い声も聞こえる。
「うずめー、起きた~!」
「とっくに起きてますー!」
うずめの精一杯の抵抗だ。

駅への道をうずめが走る。
走る。走ってる。そうは見えないかもしれないが、走ってるんだよ、これでも!
併走するサラリーマン、OLのお姉さん、これがどういうわけか、いつも同じメンバーで、同じ時間に同じように駅へと走るのだ。
そして、改札を抜けていつもと同じ車両のいつもと同じドアの前。
乗車率百八十パーセントの車内へと、背中から人に押されて中へ。ぎゅうぎゅうのぎゅうぎゅう。
「むぎゅぅぅ…」
人と人に押し潰されるのも、いつものこと。
だが、いつもとちがうことが今日、一つ起きていた。
その満員電車の中で押しくらまんじゅうしている間に、うずめの通学鞄にカードが押し込まれていたのだった。
誰かの手で…
うずめがそれに気がついたのは駅から学校への通学路。
そこで、同級生の羽月まないちゃんが、うずめにチラシを差し出して話しかけてきたのだった。
「うずめちゃん、頼みがあるの」
チラシには『カード部! 部員募集!』とある。
まないはうずめの前に回り込むと手を合わせて拝みながら言った。
「あのね、まだできたばっかの新しい部だから、うずめちゃん、部員になってくれないかなって思って!」
カード部? 確かに聞いたことがない。なにするんだろう? カードを研究? 
うずめは小学校の頃にカードゲームなるものはやったことはある。たしなんだ、というべきか。
たしなんだ、という程度だったが、カードで誰かと戦って負けたという印象がうずめにはなかった。
カードでバトルすると、いつも勝っていたような気がする。
だから、かもしれないが、連戦連勝しかしないので、いつしかなんだか回りの友達に申し訳なくなって、やらなくなったんだ、と今になって思う。でも、そんなうずめのとまどいはおかまいなしに、まないちゃんはひたすら
「お願い、お願い、お願いね」だった。
そんなふうにやたら「お願い」されて、しかたなく手にしたチラシを鞄にうずめはねじ込んだ。
その手元を見ていた、まないがめざとく<それ>を見つけたのだった。
「そのカードなに?」
「え? カード?」
まないの視線の先、うずめの鞄の中に数枚、いや十数枚のカードが散らばっていた。
「なにこれ?」
「なんだ、うずめちゃん、カード好きなんじゃない」
うずめが「いや、そんなことはなくて、これは私のじゃなくて…」という間もなく、まないは「じゃ、部員として登録しておくね、ありがとー」と言うなり走り去っていってしまった。
残されたうずめ。その手にカード。
なんだろ、これ?
さらに! 後ろからクラスメートの群れがやって来るなり、うずめをバンバン叩きながら「うずめ、貸したDVD見た? おもしろかったっしょ!」と言った。
「あ、見たよ…見たけど」
「今日、パート2のDVD持ってきたからね!」
「……パート2」
うずめはどよーんとした…

学校ってところは生きていくにはかなり厳しいところだ。
授業をなんとなくやりすごしたが、最後によくわからない宿題を言い渡された。
A4の紙になんでもいいから将来の夢を書いてこいというのだ。
「なんでもいいのよ。本当にどんなことでもいいから。もしも、紙が足りなくなったら先生のところに来てください」
いやいや、うずめにとっては自分の夢を書くのにA4の紙一枚だって広すぎるくらいだ。
今の願いっていうのなら、それは…
「ホラー映画がとりもつ友達ではない、友達ができるとうれしいなあ」誰に言うわけでもなく、うずめはつぶやいた。そして、さらに「ぼっちはかんべん」
自分で自分の言葉を肯定して一人で小さく頷いてみたりする。
うずめはシャーペンを持ち直して、とりあえず気持ちを素直に綴ってみるかと書き始める。
「誰かと…なんかうわーっとなったりしたい」
ん…
うわーってなんだ。書いた端から疑問だ。
「全然具体的じゃないんだよ…」
夢が具体的じゃないから、希望が具体的にならないんだよ。
うずめは時につぶやき、時には心の中でそんなふうに自問自答を続ける。
「いかん、いかん、うずめのよくないところ、気がつくと負のスパイラルの思考の渦に巻き込まれて、あれー! ってなるところだ」
んで、あれーってなんだよ。
あれーってのは嬉しいのか? 悲鳴なのか? なんなんだ、あれー! って!
気がつくとうずめは一人で、ふふふふと笑っていた。
教室の片隅、窓側の陽の差し込む特等席。ぽかぽかと暖かくすぐ眠くなるここがうずめの席。
そこで、ふふふと一人で笑っているうずめ。
不気味だなあ、と自分でもわかっていたが、それでもふふふふという笑いは止められなかった。
うずめは妹がいる。なのに、よくこうやって一人でぶつぶつ言ってるし、一人であれこれ悩んだり、いわゆる妄想したりっていうことが好きだった。精神的一人っ子なのよね、と言ったのは、うずめの母。それを聞いていた妹も「そーなんだよね」と激しく同意して言った「うちはお姉ちゃんという一人っ子と私という一人っ子が二人暮らしている家なんだよね」
ガタン! と音を立て、うずめは席を立った。
手にはシャーペンと将来の希望を書く紙。
「ここに居るからなにも書けないんだ」
 
ダメもとで保健室へと向かってはみたが案の定、外の廊下まで気分が悪い、お腹痛いと訴える人はあふれかえっていて、定員オーバー。
裏庭へ出る。
日の当たらないところに腰を下ろして、うずめは「ふう」と、とりあえず溜息をついた。
なにを書けばいいんだ。
 
改めて紙を広げてみた。
そこにいつの間にか文字が追加されいてる!
『誰かとなんかうわーっとなったりしたい』
これはうずめの文字。
『そのご要望に応じます』
これはうずめが書いた覚えのない言葉。
さらに。
『今すぐエントリーなさいますか?
 YES NO』
「エントリーすると、なんなの? ご要望がかなう?」
恐る恐る、YESに○。
そして、うずめはあたりを見回してみる。
「誰か、今、私になにかしてる? サプライズのなにか? でも今日は誕生日でもないし、なんかの記念日でもない、なんでもない日だよ」
そして、再び紙に目を落とすとこちらに向かって微笑んでいる女の子のイラストが添えられ、さらに文字が増えていた。
「では、私たちとチームを組むことに同意しますか?」
「チーム?」
「私たちとチームを組むことに同意しますね」
声が聞こえた。そのイラストの女の子が話しかけてきているような声。
「あ、はい」うずめは思わず返事をしてしまう。
「いいんですね! ね!」
「…はい」
うずめの「はい」はけして「わかりました、私は私の意志でそれを選びます」というものではもちろんない。なんだってそうだった、うずめは強く「どうなの?」と聞かれると「あ、はい」と反射的に答えてしまう。
もちろんすぐにとってもとっても後悔することにはなるのだけれど。
たった今の「はい」ってのもそうだった。
「エントリーありがとうございました」
紙の中の女の子は動画となり、ぺこりとこちらに向かって頭を下げた。
「なんで?」
と、思うまもなく!
そこから光! 
熱を持たない火の粉が勢いよく散った。
うずめの目の前が真っ白になる。
「う! うわぁ!…」
そして、それはうずめの目の前で実体化した。
女の子の姿で。
「わたしはささら。マスターの願いをかなえるためにやってきたファンタジスタドール」
ファンタジスタドール? 聞いたことない、そんな言葉。
急に人の側に現れ出でたこの女子。
<かわいいな>
うずめの回りにはいないタイプ。
ドールっていうのがどういう意味かよくわからないが、でも、ドール=人形ってことだとすると、確かに人形的なかわいらしさを持っている。
「私はささら…」
「あなたがファンタジスタドール?」
「の、一人」
「何人いるの?」
「私の他にあと四人」
ささらと名乗る女の子は笑っていった。
「ではマスター、残りの四人を呼び出して!」
「どうやって?」
「カードで、よ」

 つづく。