Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

別冊レインボーに掲載されている、うずめと同じ女子中学生漫画家白玉ぜんざい猫先生のマンガは続く。

いつもの風景、いつもの友達との朝の挨拶。
けれども、今日のヤヨイはいつものヤヨイではない。誰にも言えない、肩の羽根。
学校の風景にずっとヤヨイの独り言が続く。
仲が良いと思っていた友達でも、この羽根の事は相談できない。
先生も、お父さん、お母さんも…
ヤヨイには片思いの男の子、まあず君がいた。
火星と書いてまあずと読む。
小学校からずっと一緒のまあずの事を意識し始めたのは昨年の秋だったが、仲が良すぎるもんだから、バカな話はいくらでもできるけれど、男女の距離に離れることがなかなかできない。
それが最近のヤヨイの悩みだった。
よく恋愛の相談で、距離が近くなりたんですが、どうすればいいですか? なんてのがあるのだけど、ヤヨイの場合は近すぎるからちょっと離れたいというもので、これはいくら検索してもあまり例がない。
はて、どうしたものか、と思案に暮れているうちに今日の今日、今の今になったというわけだ。
そのまあず君が「ヤヨイー!」肩に手を触れて来た。
「ちょ! やめてよ!」
羽根がばれないかと、咄嗟にきつく言ってしまったヤヨイ。
「ご、ごめんよ」
それから、まあず君と望まない距離ができてしまった。
誰にも相談できない羽根のこと。
この羽根は誰得なの? 
一人悩むヤヨイ。
ある日、学校の体育で幅跳びの授業があった。
ヤヨイはあれこれ理由を付けて授業を見学する。完全防備で隅っこの方で小さくなっているヤヨイだが、クラスの皆が口々に「羽根?」「背中に!」「あれはなに? なんの羽根?」
大騒ぎを始める。
驚くヤヨイ。だが、みんなが注目しているのはヤヨイの羽根ではなかった。
クラスの女子、鈴木みかん。その背中にヤヨイと同じような天使の羽根が生えていたのだった。ただ、ヤヨイとちがうのは、みかんはそれをまったく隠そうとせず、小さく羽ばたかせながら走り、地面を蹴り、幅跳びしていたことだった。
ジャンプしているわずかな時間、みかんは羽根を羽ばたかせていた。みんなの視線が小刻みに動く背中の天使の羽根に集中する。
もちろん、小さな小さな羽根だから、それを羽ばたかせたからといって幅跳びの飛距離が伸びるというものではない。
それでも、それでも、それを見るみんなの顔の驚きと喜びの入り交じった不思議な表情にヤヨイは少なからず衝撃を受ける。
その羽根なら私にだってある。
でも、ヤヨイはその羽根が、恥ずかしいものだと思っていたばっかりに…
その夜、羽根が取れて落ちた。
ヤヨイはヤヨイに戻った、と思った。
これでよかったかもしれない。と。
だが次の朝のこと。
「まだ寝ていたーい」とつぶやきながら「うーんっ」と伸びをするヤヨイ。
「なんか肩が凝ってる、寝違えたかな?」。
このマンガの始まりと同じ光景がくり返される。
ただ、違うのは背中に生えているのは、小さな羽根ではなく、立派な天使の羽根だった。
そして、ヤヨイはそれを隠すことなく、学校へと出掛けていく…

そこでこのマンガは終わっていた。
読み終えてパタン、うずめは雑誌を閉じた。
不思議な話…
いろんなことを、うずめは考えてしまう。
マンガの内容についても、もちろんだけれど、それ以外にも、いろいろと…
これを私と同じ年の女の子が考えて、でもってマンガに描いて、それがこうして雑誌に載ってる。
うずめ自身は漫画家になりたいというわけでもないのだが、それでもなんだか、この白玉ぜんざい猫さんに比べたら自分が何歩も遅れているような気がした。

恐竜のブース。
しめじとティラノサウロスが対話している姿を通行していく人々は微笑んで見ていた。
アトラクションの一つだとでも思ったのだろう。
「ボクは…ダレ?」
「んと…あなたは…」しめじは、横に掲げられているボードに書かれた説明書を読み上げていく「 ティラノサウロス…で、恐竜…作られた、恐竜…」
「キョウリュウ…ソレハ、ナニ? ケンサク…」
しめじを見るティラノサウロスの目がぶるぶると震えた。
そしてすぐに「アッタ…コレカ…データヲダウンロードデキル」ティラノサウロスの中に、恐竜とはどのような生き物なのか、が、注入されていった。

似顔絵を描いてもらう列は徐々に進み、ようやく、うずめの番がやってきた。
小さな椅子に腰掛けてこちらを見上げた白玉ぜんざい先生。
三つ編みでそばかす、髪が赤くてまるで画を描く赤毛のアンという感じの女の子だ。
「あ、あの初めまして」うずめが笑顔を作って先に挨拶する。
「こんにちわ」白玉先生も微笑みを返してくれた。
絵師の赤毛のアンの側にピンクのツインテの女の子がいて、うずめに「そこに座って楽にしてくださいね」と、あれこれ世話してくれる。
うずめから話しかけてみた。勇気を振り絞って、だ。
「今、先生のマンガ、拝見しました」
「どうもありがとうございます」
うずめも元々、人見知りではあったが、どうやらこの赤毛のアン風の白玉ぜんざい猫さんも、コミフェスの片隅でいろんな人の似顔絵を描いたりはしているけど、やっぱり同じような人見知りであるように思えた。
なんとなくそういうオーラというか、波というかを発しているなあと、うずめには感じられた。
「あの…同じ年なんですよ、私、白玉先生と」
「え、本当に?」
「ええ、本当です」
「へぇ、そうなんだぁ」それまではよそよそしい雰囲気だった白玉ぜんざい猫先生が急に学校の教室の隣の席に座っているクラスメートのような口調に急変した「私、本名は鮎原ヨモギっていうんだ」おそらくこの会場に居る人が誰も知らないであろう、ここだけの秘密を教えてくれたのだった。
「私は…鵜野うずめです。似顔絵の方、なにとぞよろしくお願いいたします」
ヨモギの口調がフレンドリーになっているのに、うずめはまだまだ距離がつかめないらしく硬い感じのままの自己紹介だった。
「うずめちゃん…か、よろしくね、では精一杯、描かせていただきますよ」
タブレットにペンタブを突き立てると、さらさらと動かしていき、それが彼女の横にあるモニターに映し出される。
ざっくりとした線であたりをとることもせず、うずめの髪の毛、二つの目、瞳、鼻、眉と、どんどん描いていく。
(は、早い…)
そして、時々、目を上げてうずめの顔をじっとみる。
そこでしばし、うずめと目が合うことになる。
ヨモギは「そんなに睨まなくてもいいよ、楽にして、笑顔でいて」と微笑む。
そう言われて、うずめは初めて自分の顔が緊張してこわばっていることに気付いた。
似顔絵を描いてもらっている間、どんな顔で待っていればいいんだろう?
なにしろ初めての体験なのでうずめは見当もつかない。うずめが緊張したところで確かになにがどうなるってわけでもないのはわかっているのだけど、なにをしていいのかわからないでいると、それはすなわち、どーしてればいーんだろーという緊張の面持ちになり「そんなに睨まなくてもいいですよ」と言われてしまう顔になってしまうのだ。
なにより、うずめをモデルとして見るヨモギちゃんの目の方がそれこそ真剣で鋭くて、そんな目で、しかも間近で見詰められてしまうと、どうしたって緊張して「怖い顔」になってしまう。
「あの…」絵のモデルとして姿勢を正したままうずめは言った「話をしても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、私は描いてるけど」
「どおやって思いつくんですか、ああいう…お話」
「んと、それはねぇ…私は一人で描いてるじゃなくて、いつも手伝ってくれる人がいるんだ。さっきからずっとここに並んでいる人を整理してくれてたり、このコミフェスの中で私の似顔絵描きの宣伝をしてくれていた女の子がいたでしょ」
「ああ、髪の毛が黒と銀色の…」
「ツインテールの」
「いました、いました」
「そして」と側に立つピンクの髪の子を示して「この子とが手伝ってくれてるから、すごく助かってるんだ」
「手伝うっていうのはどんな風に?」
「黒い髪の子はね、そう…言ってみれば編集さん、私、基本ナマケモノだからぐだぐだしているとね、先生、なにしてんですか! って怒ってくれるの」
編集さん、そんな役目の人が側にいるのは良い事なのかどうか、うずめにはわからなかったがヨモギはそれはそれで楽しいんだ、とばかりにふふふふふと笑って話を続けた。
「銀色の髪の子はアシスタントさん。枠線やら、ベタやらをもう一台のパソコンを使って作業してくれるの」
アシスタントさんもいるらしい。
それはそうだよね。
「そしてね、このピンクの髪の彼女はね…なにを描くのか、とか、描いていることが自分に素直なことなのか、ってことの相談役なんだ。大切な事を話し合える、友達以上の存在」
そう言われて、ピンクのツインテの彼女は「いやいや、そんなことは」とか「本当にそんな助けになっているかどうか」といった謙遜するわけでもなく、てへへと柔らかくふにゃっと笑っているだけだった。
そして、ヨモギは言った「ねえ、うずめちゃん、マザーグースって知ってる?」
『マザーグース』? 聞いたことはある、絵本かなんかだっけ? 外国の童話じゃなかったかな?
「イギリスの子供向けの詩集なんだけどね。その中に『女の子はなにでできているか?』っていうのがあるの」
「なにで…できているの?」
「女の子はね、お砂糖とスパイスとそれと何か素敵なモノで出来ているだって」
「お砂糖とスパイスと…何か素敵なモノ?」
「マザーグースのこれを読んだ時に、私、あ! って思ったの、そうだよ! って思ったの。一人で本当に声だしちゃった!」
「お砂糖とスパイスとなにか素敵なモノ」
そして、ヨモギちゃんは言った「私にとって、この三人のツインテールのみんなが、スパイスで、お砂糖で、なにか素敵なモノなんじゃないかって思うことがあるんだ」
それを側で聞いていたピンクのツインテの彼女は、やっぱり「ふふふ」と笑っていた。
なんとなくだけど、うずめは黒髪のツインテの彼女がスパイスで、銀髪の彼女がお砂糖で、ここで今「ふふふ」と笑っている、ヨモギちゃんがマンガを描く時に、なんでも相談するというピンクの髪のこの人が…なにか素敵なモノなんじゃないかなって、思えたのだった。

似顔絵は完成に近づいていた。
モニターに映る画をふいに覗き込む影が四つ。
様子を見に来た、ささら、小明、マドレーヌ、そして、カティア。
「うわ、マスターかわいい!」とカティア。
「マスターよりかわいいよね」と言ったのはささら。
「リジェクション…!」と言いかけたうずめ。
その口をあわてて押さえたのはささら。
「うそうそ、ごめんね、マスター」と言ったのはカティア
「もうちょっとこの楽しいコミフェスにいさせていただけないでしょうか」マドレーヌが言う。
うずめが「だったら」と言う「だったら、少しは黙ってて」
「おこらりちゃった…」ドール達は「てへっ」という顔をして違いを見てはくすくすと笑った。
その時だった。
グオオオオオオオオオォォォォォォ!
コミフェスの会場である体育館を震わせるティラノサウロスの咆吼が響きわたった。

つづく。