Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

「ヨモギちゃんも…カードマスターだったの?」
うずめが呆然としたままつぶやく。
コミフェスの会場にひしめき合っていた人々は皆、出口付近に辿り着き、そこでまた押し合いへし合いしてはいるが、フロアに残り恐竜と対峙しているのは、うずめと、うずめのドール四人と、ヨモギとヨモギのドール三人だけとなっていた。
「危ないから早く、みなさんも逃げて!」と、やってきたピンクのツインテの女の子。
「それで…ヨモギちゃんは…どうするつもり?」つぶやいた、うずめの疑問にピンクの彼女が答えてくれる「マスターはあの恐竜を止めるつもりです」。
「止め…られるの…ヨモギちゃん…本当に、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫…か、どうかは今ははっきり言えません。でも、目の前で大変なことが起きてて、もしかしたら、それに対してなにかできるかもしれないんだったら…それをやるんです…マスターヨモギは、そういう人です」
「え…でも…でも…」あわあわしている、うずめに対してピンクのツインテの彼女は落ち着いてと肩に手を乗せて「とりあえず、みなさんは安全なところに」と微笑む。そして、うずめの腕を取り、ささら達も一緒に出口へと誘導しようとする。
だが、うずめの足はその場で踏みとどまる。
「私、ここで…」うずめは咄嗟にそう口にしたが、その後に続く言葉が見つからない。それでもとにかく「早く、逃げて」と急かすピンクのツインテちゃんに、今の気持ちを伝えなければならない「私もここで…勉強します」。
ささらがその一言を聞いて「勉強? 勉強ってここでなにを?」。
それはだって…と、うずめは思う。
カードマスターとしての特訓は、ささら達から受けてはいたが実践はまだ未経験だ。
ヨモギちゃんとヨモギちゃんのドールが今、ここで目の前の事態にカードで立ち向かおうとしている。おそらくカードを駆使して。
それを見て、それこそ「勉強したい」と思うのは当たり前のことじゃなかろうか。
実践を経験したことがないカードマスター見習の、うずめとしては。
うずめはヨモギが素早くカードを繰る手つきに見入る。
は、早い…
これ! というカードを抜き出してデバイスへ次々と。
ヨモギの側に立つ銀髪のツインテの彼女が光に包まれると衣装、というか防具というか、装備が揃っていく。
足元は直線で構成された白のロングブーツ、それが丸い膝当てからさらに上、太股の途中まで伸び、その上は白いミニのこれまた直線、直線で描いたような末広がりの装甲スカート。ノースリーブのやはり白い上着の前は、大きな曲線の胸当て、両手は指先から肘までの長いグローブと呼ばれる手袋。
一方、黒髪ツインテの方は、同じく光のカーテンに一瞬、遮られたかと思うと黒の光沢のダイビングスーツに限りなく近い体のラインが強調された不思議な素材のコスチュームへと変身した。
そして、そんなカッチョイイ銀髪と黒髪のドール達の腕の中、ヨモギちゃんがカードで選んだ武器が出現する。
銀髪の白い装甲の彼女には両手で抱えて持たなければならないほどの大きな剣玉。
黒髪の光沢ウエットスーツの彼女の手の中には大きなY字型の…これはパチンコってやつ?
さらに…
うずめの側のピンクのツインテの彼女もまた光に包まれて装備が整う。他の二人と違って背中に小さな白い羽根。これはヨモギがマンガに描いていたあの羽根そのもの。しかし、それが二度、三度動いたかと思うと、上下左右にぶわっ!と伸びた。白い羽根はピンクのツインテの彼女の全身を包み込めるほど大きくなり、それがさらに大きく躍動して羽ばたく。
ぶわあぁぁぁさ! その場でつむじ風を幾つも巻き起こし、ピンクのツインテの彼女はフワリと飛んだ。
そして、そのまま体育館の天井付近まで一気に上昇していく。
恐竜の鼻先の遙か上、飛翔したピンクのツインテの翼から、まるで飛沫のように羽毛があたりに飛び散っていく。
「きれい…!」うずめは思わず溜息を漏らす。
その時、ささらがティラノサウロスの大きな頭の後ろに掴まった女の子の姿を見つけた「あ、あれ!」指差した先を小明が見る「あれは、しめじ」そして、マドレーヌが「どうして、しめじがあんなところに?」カティアが大きな声で呼びかけてみる「しめじー! なにしてんのぉ!」。
グオオオォォォ!
恐竜の咆吼で皆の声はかき消される。
黒髪のツインテ女子がパチンコを構えてグッと、まるでアーチェリーの弓のように引いた。
それをティラノサウロスをめがけて…と、思ったがその狙いは体育館の天井。
恐竜の頭上だった。
「みんな、目をつぶって!」と、ヨモギの声。
な、なにが始まるの? うずめはそう聞くよりも、とりあえず言われるままに、口をへの字に曲げて硬く硬く目をつぶった。
びゅっ! と引き絞られたゴムの力で打ち出された弾。
ちょうど恐竜の目の前でちかっ! と輝いた。
必死に目を閉じているにも関わらず、まばゆい光をあたりに満たして、目映く発光した。
目つぶしの弾丸。
あたりは真夏の白昼のように、いや、それ以上の光に包まれた。
グオォォ…
一時的にではあるがティラノサウロスの視覚のセンサーはホワイトアウトしてしまっていた。白い闇に包まれた恐竜は大人しくなるどころか逆に動きは激しくなる。
勢いよく振り回す尻尾は上下の運動とひねりが加わり、打撃のインパクトはそれまでのものよりも明らかに破壊力が増した。
ガシャン! グシャン! 
恐竜は闇雲に尾を振りあらゆるものをなぎ倒していく。
後ろを向いたかと思うと尻尾が次の瞬間、パーティションをはね飛ばし、机をなぎ倒してうずめ達の居る場所を直撃する。
「危ない、マスター!」ささらが、うずめを突き飛ばした。
うずめ達の頭上を太い尾が掠め、うずめをかばうことで精一杯だったささらの背を激しく打った。
ささらの体、視界から消えた。
側にあったブース。
『蒸してみた』と書かれているボカロ饅頭の店。
そこの巨大な液晶モニターに、ささらは突っ込んだ。
バギャン! 
と派手な音を立てて、モニターの枠に捕らわれたまま、床に落ちて…ささらは動かなくなる。
「ささら!」うずめは駆け出そうとするが、それを小明に押さえつけられた。
だって、ささらが! と、うずめが小明の方を振り仰いだ時ティラノサウロスの巨大な顔が目の前を勢いよくよぎった。
ブン! 
素早いティラノサウロスの頭突きによって、小明は、ささらと反対方向へと跳ね飛ばされたのだった。
「小明!」
「くらえぇ!」と、銀髪ツインテが抱え持つ巨大な剣玉の真っ赤なボールを恐竜めがけて放った。
剣玉の大きな玉が狙ったのは頭。
玉はティラノサウロスの頭の先、一番固い部分に激突して上へと弾かれた。
剣玉と繋がっているワイヤーがぶちっ!と音を立てて千切れ、玉は宙へ。
上空のまるで天使降臨のように羽ばたいているピンクのツインテの彼女へと飛んでいく。
そして、直撃!
赤玉は彼女のボディに飛び込み、羽ばたいていた羽根がそれを包み込むように激しく動いた。
「わっ!」見上げた、うずめとマドレーヌとカティアが同時に声を上げる。
ピンクの羽根の天使はそのまま玉をくらったまま、一度、その体を天井に叩きつけられる。
赤玉は先に落ち、ややあって、ピンクのツインテの天使もまた、舞い落ちてくる。
その下で待ち構えているのは恐竜。
視覚のセンサーがもう回復したのだろうか、その縦に細い瞳はしっかりと落下してくるピンクのツインテの姿を捉えていた。
ぐうん! とティラノサウロスの体が宙に向かって伸びた!
丸まっていた猫が、いきなり高い本棚の上へと飛び上がる時のように一瞬、目を疑うほど恐竜の体は…伸びた!
同時に大きく口を開き、無数に埋められている鋭い歯を剥き出しにして…
落ちて来るピンクのツインテ。
あたりに白い羽毛を撒き散らしながら…
そして、そのまま恐竜の大きく開いた口の中へと吸い込まれるように、まっすぐに…
ピンクのツインテ、それでも最後の抵抗。
体をひねり落下の軌道を変えようとする。
その変えた落下の曲線の下へと、恐竜の口もまた追尾して移動!
ダメだ、食べられちゃう! どうしようもない、うずめが目を閉じようとした時だった。
「リジェクション!」叫んだのはヨモギ。
ピンクの体、光の砂がをざっ!と包み込むと、その姿は小さなカードへ。
だが、それでは事態は回避できない!
カードはそのまま恐竜の牙に当たることなく、口の中へと飛び込んだ。
ガブリン!
噛み砕かれることなく呑まれていった。
「カードが!」うずめは思わず叫んだ「食べられちゃった!」

つづく。